古くは『日本書紀』や『源氏物語』にはじまり、多くの物語や歌にも登場するホタルは、日本人と日本の暮らしに縁の深い初夏の風物詩です。しかし昨今では、その数は急激に減少し、絶滅が危ぶまれるようになりました。
笛吹市八代町でも、かつては稲山から流れる「四ツ沢」をはじめ、町の水辺のあちこちでホタルの乱舞が見られていたそうですが、その数は激減。そんな折、「ほたるが舞い飛ぶ風景を取り戻そう」と有志が集い、人と町が動き出しました。
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橘田 章吾(きった しょうご)
笛吹市八代町生まれ。果樹農業を営む傍で2006年に「稲山ほたる銀河の会」を結成。「八代ふるさと公園リニア展望台」近くの全長1㎞にわたる水路と散策コースを使い、毎年ホタルが舞う時期、「稲山ほたる銀河の夕べ」という散策イベントを企画。里山の自然と甲府盆地の夜景を満喫できる散策ルートにたくさんのホタルが舞う光景で訪れる人を楽しませている。
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ホタルが乱舞する日本の夏の夕べ。
「ホタル、最近見ていないね」という方は、少なくないのではないでしょうか?20年ほど前を思い起こしてみれば、水を張った田で稲が育ちはじめ、カエルの大合唱が聞こえる夕べとなれば、地上3〜5mあたりを黄色い光が線を描きながらふわふわと舞う。そんな光景があちらこちらで見られていたように思います。
「昭和の頃はすごくいっぱいホタルがいましてね。そのホタルの光を楽しんだ者たちが成人し、『もう一度楽しみたい』、『子どもに見せてやりたい』と思った頃にはもう少なくて。この辺りも河川工事で全滅だったんですよ」
そう話すのは、橘田章吾さん。八代町に住む橘田さんは「ほたるとほたるが舞い飛ぶ環境を蘇らせよう」と有志を集い、「稲山ほたる銀河の会」を結成しました。
「声をかけあって、60世帯ほど集まりました」。初年度で約60世帯からの有志が集うというのは、町とホタルが大切に思われているからにほかなりません。
生育を知れば、愛おしさもひとしお。
活動は、ホタルが住みやすい環境づくりからスタート。農林水産省の『農村事業活性プロジェクト』の支援を受けて、全長約1キロメートルのホタル水路を完成させました。水路の完成には、3年かかったそうです。
「そこからが本番のようなものです。立派な水路があってもそれを活かさなくちゃいけませんからね」と橘田さん。「稲山ほたる銀河の会」の活動は、環境整備班、PR(広報)班、飼育班の3班に分かれ、会員皆が役割を持って活動をしています。
「私たちは専門の先生のもとで、ホタルについてたくさん勉強をしました。この辺りのホタルは“ゲンジボタル”です。ゲンジボタルは500〜800個もの卵を産むんです。そして桜が咲く頃に幼虫になって土の上に出て、羽化して6月頃に成虫となり飛べるようになります。光りながら飛んで、交尾をして、湿り気のある所に卵を産みます。ホタルが飛んでいる期間は1週間から10日程度。ホタルの命は短いんです。その生涯を知ると、ホタルがより愛おしくなります」
会員は八代町を中心とする60世帯ほどで構成され、何年もの間、ほとんど入れ替わることなく活動が続けられています。
「『稲山ほたる銀河の会』は、個人ではなく世帯で会員となっていただいております。その理由は、ホタルが住める環境というものを世代を越えて家族ぐるみで考えてほしいというのがひとつ。もう一つは、誰かが忙しかったら代わりに誰かが役割を果たすというような感覚で参加できるように。会員が減ることがないのは、『ほたるが乱舞する風景を蘇らせたい』という想いがみんなで一致しているからだと思います」
10匹から15匹ほどだったホタルはどんどん増え、現在は数えるのが困難なほどが舞うように。
「ときどき外国の方も来てくださるのですが、ホタルを見たことがないそうでとても驚き、感激してくださいますよ」
夏の浪漫。「来年また会えるかな」と再会を願う
フルーツ王国である笛吹市は、駅前の温泉街も整備され、観光客が滞在をより快適に楽しめるような開発が進んでいます。
橘田さんらが企画する“稲山ほたる銀河の夕べ”の期間中は、19時30分を過ぎると大型バスが数台停まるなど、駐車場がいっぱいに。「6月のほたるが、市の一つの観光的な財産になれば」と橘田さん。「それにね、ゲンジボタルにはやはり風情があるよ。ずっと眺めていると、ホタルの光は何かを私たちに問いかけているような気がしてくるんです」と話します。
「この活動のやりがいは、鑑賞に訪れてくれる人が喜んでくださること。それと、『次の世代のホタルさんも飛んでくれるかなあ』などと考え、ハラハラドキドキすることも醍醐味ですね。そういうの浪漫があっていいじゃないですか?」
自然と「稲山ほたる銀河の会」の活動があってこそ。
また来年も、再来年も、ここで。たくさんの人がホタルに出会えますように。
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